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宮崎地方裁判所日南支部 平成3年(ヨ)22号 決定 1992年1月17日

債権者

内田英一郎

右訴訟代理人弁護士

後藤好成

中島多津雄

西田隆二

成見正毅

債務者

株式会社 ニチワ

右代表者代表取締役

橋本章繁

右訴訟代理人弁護士

江島寛

後藤田幸也

主文

一  債権者が債務者に対し、雇用契約上の権利を有することを仮に定める。

二  債務者は、債権者に対し、平成三年一二月二六日以降本案第一審判決言渡しに至るまで毎月二五日限り一か月金二八万二六〇〇円の割合による金員を仮に支払え。

三  債権者のその余の仮処分申立てを却下する。

四  訴訟費用はこれを一〇分し、その一を債権者のその余を債務者の負担とする。

理由の要旨

第一事案の概要

一 債務者は、ボルト、ナット等を製造販売する株式会社である。債権者は、昭和五〇年から債務者に雇用され、平成三年八月二二日まで債務者製造課統括係長の地位にあった者であるが、同年八月二二日付で、債権者から懲戒解雇を通知を受けた。

二 そこで、債権者は、右懲戒解雇が無効であると主張して、債務者に対し、雇用契約上の権利を有することを仮に定め、また、賃金の仮払いを求めて本件仮処分事件を申し立てた。

第二判断

一 被保全権利

1 債務者は、債権者を懲戒解雇した理由として、<1>平成三年七月一五日に直属上司の下田課長が指示したタップ工程の緊急体制対応のための対策案を策定しなかったこと、<2>同年七月二七日に下田課長が指示した金型図面の作成を怠ったこと、<3>同年八月二日に下田課長が指示したタップ工程外注化に伴う機械搬出要員の選定を怠ったことが、就業規則七一条一六号、七〇条一〇号の懲戒解雇事由に該当し、また、<4>債務者の従業員で組織される全日本金属情報機器労働組合全ニチワ支部(本件組合)の副委員長である永井隆行が、債務者の企画する製造工程の一部外注化計画に反対するため外注先企業を訪問したが、債権者は本件組合執行委員長としてそれを黙認したこと、<5>同年八月一三日債務者が外注化のための機械搬出作業を実施しようとした際に、本件組合執行委員長として機械搬出作業を実施すれば負傷者が出るかも知れないなどと債務者に事前通告してその搬出作業を阻止しようとしたこと、<6>同日債務者の機械搬出作業を実力で妨害したことが、就業規則七一条一〇号に該当するとしている(証拠略)。

2 ところで、債権者がもと債務者の従業員であったことは争いがないのであるから、債務者においてその地位を喪失した事実、すなわち懲戒解雇が有効に行われたことを立証すべきである。そこで債務者のあげる右解雇理由について検討するに、<1>ないし<3>については、その存在を疏明する証拠はなく、かえって、証拠(証拠略)によれば、債権者は、<1>及び<2>については指示された対策案ないし図面を作成して上司に交付し、<3>についても製造課統括係長として同課担当係長に要員選定を指示していたことが窺える。したがって、就業規則七一条一六号、七〇条一〇号について該当する事由の疏明はない。

次に、<5>のうち債権者が「負傷者が出るかもしれない」旨の通告をしたこと及び<6>について債権者自身が実力行為に出たことを疏明する証拠はない。また、<4>の事実及び<5>のうち債権者が本件組合の執行委員長として外注化計画に反対したことがあったとしても、それらは、就業規則七一条一〇号に該当する事由であるとは解されない。したがって、就業規則七一条一〇号に該当する事由の疏明もない。

3 したがって、債務者に債権者に対する懲戒解雇が有効に行われたと疏明する証拠がなく、したがって、債権者は、債務者に対し雇用契約上の権利を有していると一応認められる。

二 保全の必要性

1 証拠(証拠略)、その他債権者が自認するところによると、債権者は本件解雇により平成三年八月二二日以降の賃金の支払いを受けていないこと、債権者には、妻のほか長女(七歳)、二女(五歳)、長男(一歳)の家族があり、解雇前は専ら債権者の収入によって一家の生計が立てられていたこと、解雇前三か月間、すなわち平成三年五月から同年七月までの収入は、総支給額は月平均二九万七一一四円であったが、そのうち残業手当、通勤手当を控除した賃金は月二八万二六〇〇円で一定していたこと、公租公課等を控除した銀行振込額は月平均二一万二〇〇五円であったこと、解雇後は妻が内職によって得る月二万円程度の収入及び雇用保険の仮給付等で生計を維持してきたが、今後の収入については債権者の両親から物品の援助が期待できるほかは妻の内職収入を含めて安定的なものがないこと、債権者の生計の維持のためには少なくとも月約二二万円程度の支出が必要であることが一応認められる。

2 そうすると、債権者には、債務者に対し雇用契約上の権利があることを仮に定めるほか、少なくとも本件仮処分の最後の審尋期日である平成三年一二月二六日以降本案第一審判決の言渡しに至るまでの間、債権者の賃金については、月二八万二六〇〇円の限度で仮払いを認める必要性がある。

三 よって、債権者の本件仮処分は、主文一、二項に掲記の限度で理由があるから、これを認容する。

(裁判官 岩倉広修)

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